役者達
自信を持ってお勧めする素材や道具たち
包丁
そば切り包丁
積層
白二鋼
尺二寸
770g
加茂詩朗作
玄蕎麦挽きぐるみ、24メッシュの粗挽きで蕎麦を打つ
蕎麦は打てるのだが、蕎麦殻が包丁の抵抗となって麺帯に傷がつく
手持ちの包丁の刃をいくら立てたつもりでも満足はいかない
この蕎麦殻がスパッと切れれば・・・と
悩んでいた時この包丁に出会った
翌日から
玄挽き十割・田舎風30メッシュは
玄挽き十割・田舎風24メッシュへと進化した
大野在来
店で使用する蕎麦の中心は【大野在来】です
2011年より
先輩方の蕎麦店で組織する買い付けのグループの仲間に入れていただきました
複数の蕎麦店が福井に集結し
丸一日をかけて
大野市内各所の蕎麦畑の生育状況を視察させていただきます
視察の後は『あわら温泉』に宿泊して交流会をしました
その後、気に入った畑を指定して買い付けをさせていただきました
写真の畑が今季私たちが買わせていただいた蕎麦畑です。
丸岡在来
発芽したばかりのソバの若苗
左奥には丸岡市の象徴【丸岡城】が見えます
店の看板商品【江戸前】に使用する蕎麦がこれ
江戸前はソバの雑味をそぎ落としソバが持つ甘さを強調した蕎麦です
福井県は在来種の種類が10種類ほどもあり
在来種の宝庫といえる地方ですが
その中でも【丸岡在来】はブランド種として全国の蕎麦人に知られています
以前、石臼のメーカーを訪問した際
実際にソバの実を磨って石臼の実演を見せていただいたのですが
そのとき使用していたのが【丸岡在来】でした
それが私と【丸岡在来】との始めての出会いです
その色と香りに驚く私が
「このソバすごくいいですね!」と感動すると
「これ、普通の丸岡ですよ。しかも、以前テストに使用した残り物です」と石臼屋
お願いして「JA花咲」の担当者を紹介していただいたのが始まりでした。
奈川在来
・・・写真が無く
なんとか奈川が写っているのはこの一枚しかありませんでした
奈川村は高山市から安房トンネルを抜け
松本市側へ下る途中にある村です
飛騨高山松倉城の城主【三木秀綱】は
豊臣秀吉の命を受けた金森長近に攻められ城を落ちます
妻の出身地である長野の波多市を目指し逃げますが
途中奈川で打たれました
かつて飛騨の歴史大好き人だった私は【秀綱伝説】を追って
何度も奈川を訪れたものでした。
もちろん昼食は「奈川そば」でした
もう20年も以前の話ですが
近年、蕎麦屋をはじめ
その奈川在来を北海道は黒松内で落合勝雄さんと言う方が栽培していらっしゃることは
雑誌に掲載された記事で知っていましたが
まさかうちの店で買い付けができるとは思っていませんでした
それが
更科粉を納品していただいている『石森製粉』さんと雑談をしているうち
「その奈川なら当社で扱っていますよと
ひょうたんから駒みたいな話になりました
秋
ひと時の季節限定の風物詩として、メニューに入れさせていただいています。
【竹箸】
日田市の産業としてかつては竹細工の生産が盛んだったのだが、やがて中国産の安価な製品に圧されてゆく。
小関さんは荒れてゆく故郷の竹林を憂い、また消えてゆく伝統工芸の技術を惜しみ、竹林と伝統工芸の技術を守ることを決意する。
箸は手の筋力で操作するため、高齢や障害で筋力が十分でない場合は箸が思うように使えないのだ。
彼は高齢者や障害者の方にも使いやすい箸を目指して製作を始めた。
彼の箸は単純な形のようでいて実は緻密に計算された複雑な形状をしているらしい。前職は精密機械のエンジニアで工学的な構造は専門家にしてなんと完成に13年を要した。
箸は写真左の大きさの竹から、右の箸たった一本だけを削りだす。そのまま割れば2本以上はしっかり取れるサイズだが、小関さんはこの竹から生きた一筋の線を見出し1本の箸を生み出す。だから小関さんの箸はささくれが出ないし、ささくれができないから塗装も必要ない、塗装をしないからアレルギーの心配も要らないというわけだ。
なるほど、彼の工房には塗料やシンナーといった薬品類はいっさい見当たらない。
実は工房に薬品類が置いてないのにはもうひとつ理由がある。
工房からは大量の竹のおがくずが出るわけだが、彼はそのおがくずを堆肥として本来その竹が朽ちてゆくはずだった竹林へ戻してやるのだ。「一滴でも薬品を使っていたら、竹を竹林へ戻せなくなるじゃないですか」と笑う小関さんの目は哲学者の眼差しだった。